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平安時代から記録にあるという溜。戦前はじゅんさいを栽培していました。
冬になると、コガモ・オナガガモなどたくさんの水鳥がやってきます。 |
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昔、この辺り(長谷野)は原野で、伊勢神宮参詣のための道、御代参街道としてたくさんの旅人が往来していました。
あるとき、一人の旅人がここにさしかかったとき、山賊が突然現れてお金や持ち物を奪おうとしました。そのとき、山中のどこからか大勢の人々がこの旅人を救おうとする声が響きわたり、これに驚いた山賊はあわてて逃げ去ったということです。
この原野には昔から一匹の白狐が住んでいると言われており、まさしくその白狐である「見送り稲荷」の神威であったのでしょう。 |
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昔々、この辺りは川が深く淵となっていました。
淵には大蛇が住んでおり、道ゆく旅人の通行を妨げていたとのことです。
その大蛇を行基というお坊さんが退治して蛇つなぎ石を立て、地蔵菩薩を刻んで安全を祈祷されたそうです。
後に、この溝淵を埋めて開墾したとき、お堂を建ててお祀りしたことからこの地を蛇溝というようになったそうです。 |
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| 太平洋戦争の末期、アメリカ軍の空襲から八日市飛行場の飛行機を守るためにつくられた壕です。分解して入れると8機ぐらい入れられたそうです。しかし、実際に使われることはなかったと言われています。 |
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| 江戸の時代に、公家さん達がお伊勢さんとお多賀さんに皇族の名代としてお参りしていたので、名代=代参と言う事と、お伊勢さんから、この道を利用してお多賀さんにお参りしたことから、御代参街道と呼ばれていました。東海道の土山宿と中山道愛知川宿の小幡(五個荘町)を結ぶ延長36kmの脇街道です。 |
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たくさんの学生さんたちが通っています。
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| 潅漑用のため池です。三日分ほどの貯水量があることから三日溜と言われています。 |

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| 戦後、飛行場跡地が開墾され、ここに橋がかけられました。二度と戦争を起こさない平和への願いをこめて、広島にある平和橋にならって、「平和橋」とつけました。 |
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| 拝殿の入り口に飛行機のプロペラが奉納されています。 |
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